公立高校入試の歴史並び替え問題

年代の数字を覚えることは重要ではありません。できごとの内容と前後の関係を理解しましょう

歴史並び替え問題第102問(2012年群馬県公立高校入試)

問題

次のア~エは、各時代の政治とその時代における群馬の様子について述べたものである。ア~エを年代の古い順に並べて、記号で答えなさい。

この時代には、幕府が開かれ、将軍や執権によって政治が行われた。当時の群馬では、新田氏などの多くの御家人が、幕府から荘園や公領ごとに地頭に任命され、農民を支配した。
この時代には、全国統一を実現した豊臣氏によって政治が行われた。当時の群馬では、北条氏が滅びると、徳川氏の支配に入り、家臣に新たな領地があたえられた。
この時代には、律や令にもとづいて、天皇や貴族によって政治が行われた。当時の群馬では、天皇の命令を受けて、上野国の国府の近くに国分寺や国分尼寺が建立された。
この時代には、大王を中心とする大和政権(ヤマト王権)によって政治が行われた。当時の群馬では、前方後円墳が数多くつくられた。

正解

エ→ウ→ア→イ

解説

群馬県には多数の古墳があり、当時の「東国文化」の中心だったと考えられています。

東国文化については→群馬県 - 東国文化ポータルサイト

奈良時代の741年に聖武天皇は全国に国分寺と国分尼寺の建設を命じて、仏教で国を治めようとしました。上野国分寺跡は国の史跡に指定されています。

源氏の流れをくみ、かつての上野国新田郡を本拠とした新田氏は鎌倉幕府の御家人でしたが、1333年、新田義貞は後醍醐天皇の倒幕運動に応じて挙兵し鎌倉幕府を滅ぼしました。

1590年豊臣秀吉は小田原の北条氏を降伏に追い込み、全国統一を成し遂げました。同時に徳川家康を関東に国替えしました。この家康に対する扱いが厚遇なのか冷遇なのかは議論の分かれるところです。

 

群馬県の歴史散歩 (歴史散歩 (10))

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  • 発売日: 2005/12/01
  • メディア: 単行本