問題
次のア~エはキリスト教に関するできごとについて述べたものである。年代の古い順に並び替えて記号で答えなさい。
- ア
- ポルトガル船の来航が禁止され、オランダ商館は平戸から長崎の出島に移された。
- イ
- 領主によるキリスト教徒の取りしまりと重い年貢の取り立てに対して、島原・天草一揆(島原の乱)がおこった。
- ウ
- 五箇条の御誓文が発布された翌日、五榜の掲示によってキリスト教があらためて禁止された。
- エ
- 豊臣秀吉は、国内統一の妨げになると考えて、宣教師の国外追放を命じた。
正解
エ→イ→ア→ウ
解説
豊臣秀吉は1587年にバテレン追放令をだしますが、ヨーロッパとの交易をやめようとはしませんでした。その方針は徳川家康も同じでキリスト教を黙認していましたが、1612年禁教令を出して、対応を変更しました。
家康の死後キリスト教に対する弾圧は強まり、1637年に島原・天草一揆がおこりました。一揆勢はポルトガルの援軍に期待しましたが、実際にはポルトガルと対立していたオランダが幕府を助けました。そして一揆の鎮圧後にヨーロッパの中ではオランダだけが江戸幕府との貿易を許されることになりました。
その後も日本のキリスト教徒は隠れキリシタンとして残り、2018年には長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が世界遺産に登録されました。
明治新政府は1868年の五榜の掲示でキリスト教を禁止しましたが、1873年(明治6年)に禁止は解かれました。

- 作者:神田 千里
- 発売日: 2018/08/17
- メディア: 文庫