問題
次のア〜エは、日露戦争が始まる前に起きたできごとについて述べたものである。年代の古い順に並べ替えて記号で答えなさい。
- ア
- 清では、義和団が外国勢力の中国進出に反発し、北京の外国公使館を包囲した。
- イ
- ロシア、フランス、ドイツの三国は、日本に遼東半島の清への返還を勧告した。
- ウ
- 日本とイギリスは、ロシアに対抗して日英同盟を結んだ。
- エ
- 甲午農民戦争を機に清が中国に出兵すると、日本も清に対抗して出兵した。
正解
エ→イ→ア→ウ
解説
エの甲午農民戦争(1894年)は日清戦争のきっかけで、イの三国干渉(1895年)はその結果の一つです。
アの義和団事件(1900年)で清は大混乱におちいり、その機に乗じてロシア軍は満州を占領します。これに危機感を覚えた日本はロシアと交渉するも不調に終わり、日本と同様にロシアに脅威を感じていたイギリスと同盟(1902年)を結ぶに至ります。
義和団事件はその宗教的な背景や、列強の軍事介入とそれに対する清の宣戦布告など、とても複雑な事件です。
2021年2月23日追記
甲午農民戦争は朝鮮半島で圧政に苦しむ農民が起こした武装蜂起で、これを鎮圧するために日本と清、両国が軍隊を派遣し、日清戦争が始まりました。戦争は日本の勝利に終わり下関条約が結ばれました。条約では遼東半島の日本への割譲が決まりましたが、ロシアは日本の大陸進出を警戒し、ドイツ、フランスとともに遼東半島の返還を勧告しました。
日本はヨーロッパ列強との対立を避け勧告を受け入れましたが、国内でのロシアへの反感は高まりました。
中国で外国勢力に反対する宗教勢力(義和団)が武装蜂起すると、日本を始め欧米各国は軍を派遣しこれを鎮圧しました。ロシアはこの混乱に乗じて満州(中国東北部)を占領しました。ロシアのさらなる南下を恐れた日本はイギリスと同盟し、これに対抗する道を選びました。