公立高校入試の歴史並び替え問題

年代の数字を覚えることは重要ではありません。できごとの内容と前後の関係を理解しましょう

歴史並び替え問題第117問(2012年長野県公立高校入試)

問題

下記の文章に関して、国民の参政権を確立することを目指した自由民権運動に関わるできごとである次のア〜エを年代の古い順に並び替え、記号で答えなさい。

板垣退助は、専制政治を批判し、民撰議院設立建白書を政府に提出した。また、国会開設へ向けて自由党を結成した。

農民が高利貸しや役所をおそった秩父事件がおきた。
全国の代表者が集まって国会期成同盟がつくられた。
北海道開拓のためにつくった施設や財産を、政府と関係が深い大商人に安く払い下げようとする事件がおこった。
大隈重信を党首とする立憲改進党がつくられた。

正解

イ→ウ→エ→ア

解説

かなりの難問です。

国会開設を求める自由民権運動は1874年(明治7年)の民撰議院設立建白書に始まり、士族を中心に広がりますが、西南戦争(1877年)以降は商工業者や豪農が加わり、全国的な展開を見せました。

1880年(明治13年)に全国の代表者によって国会期成同盟が結成され、国会開設を求める万単位の署名を政府に提出しました。

翌1881年(明治14年)北海道開拓使払い下げ事件に世論は大きく反発し、これを受けて伊藤博文を中心とした政府は払い下げを中止し、早期の国会開設を求める大隈重信らを政府から追放し、10年後の国会開設を国民に約束して、政権の立て直しを図りました。

国会開設の約束を受けて、板垣退助は同年に自由党を結成、大隈重信は翌年(1882年)に立憲改進党を結成しました。

自由党の激しい政府批判活動は政府による弾圧をうけ、弾圧に反発する各地の党員が過激な運動を行うようになりました。自由党は組織として統制が効かなくなり、1884年(明治17年)に解党しましたが、その直後に最大の激化事件となった秩父事件がおこりました。

 

自由民権運動 〈デモクラシー〉の夢と挫折 (岩波新書)